五穀豊穣祈願 大山講で大山阿夫利神社参拝

2026年 7月 参拝

知人が講元をしている、神奈川県伊勢原市の「大山阿夫利神社」へ参拝する「大山講」へ参加してきました。

7月末、大山の開山期に併せていつもこの時期に大山講でお詣りを行っているそうで、今回初めて参加させていただくことになりました。メンバーは知人の近所の方、仕事仲間、その他諸々の方たちが集っているそうです。総勢20名ほどの講です。バスをチャーターし早朝より出発して一路相模の大山へ向かいます。

ようやくバスは大山へ登る街道へ入りました。鈴川と呼ばれる川沿いに登り進むうちに道のあちこちに宿坊が見えるようになります。いわば大山詣でのベースキャンプですね。バスで登れる終点が広い駐車場になっていて、それより先は徒歩で「こま参道」と呼ばれる参道を大山ケーブル駅まで歩きます。

「こま参道」からは歩きです。

我々の講一行はこま参道を登って右にある旅館「あさだ」を定宿にしているそうです。朝9時前にあさださんへ到着。先ずは広間で軽くビールを頂きお清めをしてお参りの安全祈願をします。その後身支度をしていざ大山阿夫利神社へ。

旅館「あさだ」さんへ到着。先導師の宿です。

宿で大山の装束を着込んで杖を借り、ケーブルカーの切符を頂き登りましょう。初めは楽なものなのです。

背中に「大山」と書かれた装束で登ります。

しばらくこま参道を登ると「大山ケーブル駅」に着きました。途中の大山寺駅経由で終点の阿夫利神社駅まで約6分の行程で、20分ごとに運航しています。

「大山ケーブル駅」しばし待ちましょう。
ケーブルカー以外にもハイキングルートが多数あります。
このトガッタ形。かなり急勾配なことがわかります。

あっという間に終点の「阿夫利神社駅」に到着。阿夫利神社ケーブルカーを下りて参道の石段を登るとすぐに「大山阿夫利神社」へ着きました。参拝の後、社務所へ寄って「お札」と「御朱印」を頂きました。

石段を登れば阿夫利神社です。
関東総鎮護、大山阿夫利神社。

さあこれからです。本社を目指して大山山頂へ登りましょう。一応所要時間は1時間30分ほどとあるようです。しかし経験上そう簡単ではないでしょうね。無理をしないで登るように心がけます。今回はトレッキングポールを持ってきたのですが、友人に片方貸したので1本で登ります。

この鳥居から先が急な参道なのです。

今日の天気は晴天ではく、特にこの大山は天気が変わりやすいそうなのです。景色はあまりよく見えませんでした。本社へ向かう途中は「〇〇丁目」と丁目石と呼ばれる石柱があるので目安になります。山頂は28丁目です。ゆっくりと自分のペースで登ります。他の講のメンバーは途中で休憩を長くとっているので私はなるべく変わらない自分のペースで登る様にしました。

まあ、初めは余裕ですね。

途中いろいろ見て楽しめるようなものがあります。先ず夫婦杉。樹齢5,6百年の杉で縁起がいいですね。

夫婦杉。縁起が良そうです。

牡丹(ぼたん)岩。その近辺の足元にまあるい石があり、牡丹岩と呼ばれているようです。

この辺りだけ牡丹岩が続いています。

天狗の鼻突き岩。どうして出来たのかは不明な穴が開いている岩。天狗が鼻を衝いてあけた穴と呼ばれているそうな。

なぜか丸く穴が開いている岩です。

十六丁目追分の碑。蓑毛方面からの道と阿夫利神社参道が交わる追分に建つ石碑。長さ3.6mもの石碑を江戸時代に人力でここまで担いで運び上げたそうです。ここまでする信仰の深さを感じますね。

いやあ、担いであげたのですか?

富士見台。江戸時代には茶屋もあったと書かれています。しかし今日は富士山どころか雲で何も見えません。

雲の中。何も見えません。

さあ、鳥居が見えてきました。前社です。丁目石には28丁目とありようやくつきました。お疲れさまでした。

鳥居の先は大山阿夫利神社、前社です。

大山阿夫利神社、本社へ到着。脇には大山山頂茶屋があり一服できます。私は早く着いたので山頂で後から来るメンバーをしばし待ちましょう。時計を見ると1時間40分くらいでまあまあのペースでした。しかしだんだん天気が悪くなってきそうな感じがするのです。

石段の先が大山阿夫利神社、本社です。

大山阿夫利神社は、御祭神として、「大山祗大神 おおやまつみのおおかみ」(富士山の御祭神「木花咲耶姫」の父君であり、山の神や水の神として信仰されています。また、大山が船の羅針盤となったことから、産業や海運の神としても信仰されている他、「酒解神」とも呼ばれ、酒造の祖神としても知られています。)、「大雷神 おおいかづちのかみ」(日本書紀に記されている雷の神様です。古来より火災や盗難除けの神として信仰されており、大山では大天狗とも呼ばれています。)、「高龗神 たかおかみのかみ」(日本書紀に記されている水神様です。名前の漢字である「高」は山、「龗」は龍を指す龍神だと伝えられています。古来より祈雨や止雨の神として信仰されており、大山では小天狗とも呼ばれています。)をお祭りし、関東総鎮護の霊山と呼ばれる神社です。(各神々の説明は神社のサイトより引用)

2200年以上前の崇神天皇(すじんてんのう)のころに創建されたと伝わってて、古来より大山は「あめふり山」とも呼ばれて、雨乞い・五穀豊穣祈願の山であったそうです。

山岳信仰として長い歴史を持つ大山阿夫利神社は、武家の時代になると武運長久の祈りの場として多くの武士が願いを寄せるようになりました。源頼朝公が平家打倒の為挙兵するに際、阿夫利神社へ太刀を納めたと伝えられ、それにより以降人々は競って木刀を納めるようになったとのことです。今も続く「納め太刀」の起源だそうです。

江戸時代になると、庶民からも崇敬を受けて、年間には20万人もの参拝者が「大山詣り」を行ったそうです。その信仰の中から出来てきたのが「講」と呼ばれ今回私も参加した集まりなのですね。大山講の人々は五穀豊穣・安全祈願のためにこぞって参拝されたようです。

江戸庶民にとっては大山詣でに行くことが「粋」であると言われ、一部では大山へ登らないと大人と認めてもらえないほどの人生の儀礼になったそうです。そのために大山は「立身出世の山」や「諸願成就の山」と呼ばれるようになりました。

大山山頂へ到着。標高は1252メートルです。

山頂にある奥社の脇に腰かけて、あとからやってくるメンバーを待ちましょう。しかし天気が悪くなりそうなので要注意ですね。まあ、ゆっくりと休んでからにします。奥にトイレもあるので用も足しましょう。

大山山頂。標高1252メートルです。

しばらくすると案の定雨が降ってきました。結構本降りです。

参道も川の様に流れています。

やはり「あめふり山」なのですね。雷も遠く聞こえます。急いで下りたいのですが岩場なので気を付けて下山しましょう。途中は雨が流れて参道が川の様です。

雨の中、ようやく入り口の石段まで下りました。

何とか無事に山を下れました。下山すると雨はやんでいます。雨が降りやすく止みやすい山と呼ばれるのを肌で感じた参拝でした。登る前より雲が晴れて遠くに江の島が望めます。さあ、ケーブルカーで山を下りましょう。

小さいですが遠く「江の島」が望めます。
もう足がパンパン。ケーブルカーでおりましょう。

3時前には、ようやく宿「あさだ」に帰りついてお風呂で参拝の疲れを取ります。こちらの宿のお風呂は温泉ではないのですが結構広いお風呂場で疲れをとるのにいい感じです。ゆっくりとお風呂に入って参拝の疲れを癒しましょう。

夜は講のメンバーで慰労会です。ちなみにこの近辺は水が良いので「お豆腐」がとても美味しいとの評判です。楽しい夜になりそうですね。

「あさだ」さんの玄関ロビー。

翌朝、宿の近辺を散策してみました。書き忘れましたが、こちらの「あさだ」さんの様な宿は先導師旅館(宿坊)と呼ばれ、玄関を入ると拝殿があります。

朝の玄関の様子。

外へ出ると前庭にはこの宿の歴史を感じる石碑が沢山納められています。各地の講の方々が記念として建てたもののようです。手水場には榊が冷やされていたり、庭には稲荷神社の祠もありました。

庭には各地の講の記念碑が沢山。
手水鉢脇には榊の木が。
お稲荷さんもありました。

歌川豊国(初代)による役者絵、「七変化の内 ちょんがれ 坂東三津五郎」です。大山詣りの納め太刀を描いたものですね。「奉納大願成就大叶」と書かれています。

納め太刀が描かれている浮世絵。
玄関奥には祭壇があり、大山参拝の安全を祈ります。
かわいいお魚。
早朝のこま参道の様子。

いやあ、初めての大山詣ででした。なかなか歴史がある山なのですね。帰りにはお饅頭をお土産に購入し、横浜中華街でお昼を頂いて帰路につきました。来年も又参拝しなくてはいけませんね。

お土産のお饅頭「大山まん志゛う本舗 良辨」にて。
お昼は横浜中華街をぶらついて食事です。

訪問日 : 2026年 7月

スタイル : 社寺参拝(大山講)

所在 : 〒259-1107 神奈川県伊勢原市大山355 0463-95-2006(大山阿夫利神社)

所在 : 〒259-1107 神奈川県伊勢原市大山594 0463-95-2035(旅館 あさだ)

特徴 : 古より伝わる「講」で参拝しました。初めての大山阿夫利神社参拝でしたが、多くの新しい気づきがありとても良い参拝となりました。