日光田母沢御用邸記念公園

日光田母沢御用邸記念公園 訪問記
2025年 1月 訪問
思い起こすと、日光へは小学校の修学旅行以来、数えきれないほど訪問しているのですが、恥ずかしながら田母沢御用邸記念公園へは初めての訪問なのです。いつも横眼で眺めながら、奥日光方面へ車を走らせ、湯元温泉でお風呂に入るのが最近の常でした。

石の門を通って玄関へ向かいます。砂利を踏みしめながら進むと建物が見えてきました。唐破風造りの立派な玄関です。中へと進みましょう。

こちらの建物は現在、国の重要文化財として一般に公開されていますが、1899年(明治32年)に大正天皇のご静養のために造営され、1947年(昭和22年)に廃止されるまで、3代にわたる天皇・皇太子が利用された御用邸です。

この御用邸は、江戸後期、明治、大正との建築様式をもち、木造ならではの柔軟な増改築を施し、絨毯やシャンデリアなどを上手に用いたつくりはとても素晴らしい物です。現存する明治・大正期の御用邸では最大規模なのだそうです。

案内に沿って進んでみましょう。この建物は1度に建造されたのではなく、説明によると、日光出身の実業家、小林年保の別荘を基に、当時赤坂離宮として使われていた紀州徳川家の中屋敷(三階建部分)を移築して造営され、その後に増改築を重ねて現在の姿になったとのことです。

兎に角、俗に言う「金に糸目を付けぬ」とはこの御用邸の為の言葉ですね。すべてに手が込んでいます。使われている木材もそうですが、釘などを隠す飾り金物や、電気のスイッチ、電灯照明器具、それから板ガラスなども当時のまま、ちょっとうねっているものが使われています。




御座所が有る三階部分がとても貴重です。170年以上たつのですが、素晴らしい造作がしてありますね。

係の方の説明では江戸時代には三階建ては幕府が禁止していた様で、それを建ててしまった紀州徳川家はすごいですね。今回は冬季限定で三階へ上がることが出来ました。狭い階段と小さい部屋なので、観光シーズンは立ち入り禁止なのです。

御展望室は簡素なつくりなのですが、眺めも良くとても落ち着く部屋です。



とても沢山のへやがあり、説明では106室あるとの事。それだけ天皇のご滞在に伴うには大勢の補佐が必要だったのでしょう。

面白いのは襖の引き金具が場所によって違うのです。菊の紋が入り精細な飾りが有る場所と、簡単な飾りの場所が有ります。係の方の話では侍従の方たちがどこまで入っていいかを形で判断していたとの事でした。


建物を出て庭園を散策してみましょう。とても良く手入れされている庭です。沢山の植木を配置しているわけではなく、小川が流れ、大きなシダレザクラが屋根をおおうように植えられています。この桜は御学問所の丸窓からちょうど見えるようになっていて、桜の時期には見事な景色でしょう。


庭園の散策の終わりに防空壕入口跡が有りました。上皇陛下(平成天皇)が太平洋戦争末期にこちらの御用邸に約1年間、疎開生活を送られたことを思い出しました。そして戦後にこちらの御用邸は役目を終えて幕を閉じることとなったようです。


この大きな建物は現在は役目を終えて公園となっていますが、往時は幾人の方々が皇室のために立ち働いていたのかわたしには想像すらできません。歴史を振り返る良い訪問となった1日でした。
旅の記録
訪問日 : 2025年 1月
スタイル : 見学
経費 : 600円/人
特徴 : 素晴らしい建築物を拝見できてとても良い経験になりました。